<ルールの解釈・適用に疑問を呈す>


☆スタンディング・ダウン?ロープ・ダウン?
 8月1日行われた日本ミドル級タイトルマッチで、レフェリーの処置に疑問を感じる場面があった。8R1分50秒すぎ,挑戦者の鈴木がチャンピオンの保住をロープに詰めて連打を浴びせたところでレフェリーの浦谷信彰氏がダウンを宣告、規定の8カウントを取った。再開後、鈴木が保住を再び滅多打ちしてTKO勝ちして新チャンピオンとなった。疑問を感じたのは、浦谷レフェリーが立ったまま打たれ続けた保住に対し、ダウンとしてカウントを取った場面である。あれは明らかにスタンディング・カウントであり、ルール的にはあの時点で試合停止とすべきだったように思う。確かに、試合のペースが行ったり来たりするレフェリーとしても、試合を止める判断の難しい内容の試合だったと思うが、あの場面でスタンディング・カウントを取ったレフェリーの処置は、現行のルールでは問題があると思う。試合後、関係者の話では浦谷レフェリーは、「あれはロープ・ダウン」と明言したという。

・そもそも違いは?
 日本では、立ったままの状態でレフェリーがカウントを数えるのを、「スタンディング・ダウン」、「ロープ・ダウン」という。ともに和製英語で、海外では通用しない言葉である。海外では立ったままの状態でレフェリーがカウントを数えることを、「スタンディング・カウント」という言い方をする。では、「スタンディング・カウント」と「ロープ・ダウン」違いはというと、宣告された位置がロープ際かそれ以外かの違いだけで、選手が立ったままの状態でレフェリーがカウントを取ることには違いがないというのが、今まで一般的に通用してきた解釈である。(参考:日本ボクシング年鑑2000)つまり「スタンディング・カウント」=「ロープ・ダウン」ということになるのだが、今回の試合にあてはめると浦谷レフェリーのルール解釈では、「スタンディング・カウント」と「ロープ・ダウン」は明確な違いがあることになる。ここから先については想像の話となってしまうが、浦谷レフェリーの「ロープ・ダウン」に関する解釈は、「ロープがなければダウンしていると判断できる状態」ということなるように思う。確かにルール上には、ダウンとみなすとなっているが、それを「ロープ・ダウン」という解釈した表現は、ルール・ブックには見当たらない。例えそうだとしても今回の場面は、その現行ルールを拡大解釈して適用したように思えてならない。かつて、世界ヘビー級タイトルマッチで、イベンダー・ホリフィールドが、バート・クーパーのパンチでロープ際に飛び、ロープにつかまったような形でかろうじてダウンを免れたように見えた場面で、レフェリーのミルズ・レーンがダウンを取ったことがあったが、このような場面を「ロープ・ダウン」というというのであれば、それも何となく理解できるが、今回もそれに近い状態だったいうのであれば、浦谷レフェリーの解釈も正しいと言えるだろう。しかし、今回の場合は明らかに、保住は立ったままでロープに詰まって手の出ない状態であり、ロープがなければダウンしていたと判断できる場面ではなかったように見えた。

・根強いスタンディング・ダウン復活要望
 最近、特に昨年からであるが、今回と似たようなダウン宣告をしばしば見かけるようになった。ファンの間では何故カウント取るの?という声が聞こえた。その時、ルールを知っているファンから取って付けたように、「ロープがなければダウンしたと判断したからだろう」という声があった。それを「ロープ・ダウン」という解釈をする人も中にはいた。個人的には何度も言うようだが、今回の浦谷レフェリーの判断については、ルールの適用を間違っていると言わざるを得ないと思っている。だが、浦谷レフェリーの「ロープ・ダウン」発言の根底には、スタンディング・ダウン復活を強く望む業界側の声があるように思えてならない。世界的には、立ったまま滅多打ちにあった選手に、余計なダメージを追加させないという健康管理の観点から、80年代後半からノー・スタンディング・カウントが世界的な主流となった。しかし、日本では、レフェリー側からの運用の難しさを指摘する声が多く、1998年2月になってようやくスタンディング・カウントを廃止し、世界と歩調を合わすことになった。当初は、選手や関係者、そしてファンまで面食らったところがあったが、大きなトラブルはなく、次第にノー・スタンディング・カウントは関係者にもファンにも浸透していった。そんな中、日本プロボクシング協会(以下協会と略す)内部では、当初からスタンディング・カウント復活を求める声が多く、JBCと協会の連絡会議では、常にスタンディング・カウント復活を求める要望が出されている。もし、浦谷流のルール解釈が成り立つということになれば、「ロープ・ダウン」と言う名のスタンディング・カウントが認められることになる。協会側からすれば、世界の趨勢に合わせスタンディング・カウントは廃止されている。でも、「ロープ・ダウン」という形でスタンディング・カウントは認められるから、自分たちの要望をある程度満たされることになる。果たして、それでいいのだろうか?

・JBCが基準を明確に示せ
 改めてルール・ブックを見直してみると「ロープ・ダウン」という表現は出てこない。当然のことだが、ルール・ブックにない表現をオフィシャルが使うこと自体問題であることは言うまでもない。つまり、ルールにないものを適用するのは、レフェリーの判断ミスであり、試合を管理するJBC処罰の対象とすべきことである。ただ、浦谷レフェリーの判断が正しく、今後もスタンディング・カウントは認めないが、ああいう形でのロープ・ダウンは適用すると言うのであれば、それはそれで明確な基準を示してJBCはローカル・ルール化すれば良いように思う。しかし、現在のようにレフェリー諸氏の判断で処理させていれば、いつか必ずトラブルが発生する。いみじくもジョー・小泉氏がワールド・ボクシング誌の8月号でスタンディング・カウントの是非について述べている。どっちにしても長所・短所があるわけで、一概にどっちが良いとは言い切れない。ファンや業界が、スタンディング・カウントを採用した方が、日本のボクシング界にとってプラスというのであれば、復活させてもいいよう思う。いずれにしてもいちばん避けなければならないのは、レフェリーの中で個人個人のルール解釈に違いが生まれてしまい、ルール適用がマチマチになることである。そのためにも、JBCにはルールについて適用基準の明確化と、マスコミを含めて使用する言葉の統一化を早急に手がけて欲しいものである。

(2000年8月6日・記)