昭和40年〜昭和49年

<昭和40年>
  1月      :ジョフレvs原田戦のプロモート権の争奪戦が演じられる。
  3月16日:桜井孝雄が三迫ジムからプロ転向を発表する。
  5月  7日:ロサンゼルスで行われた世界フライ級挑戦者決定戦で海老原博幸が、アラクラン
       ・トーレスに7RKO勝ちを収める。 5月18日:愛知県体育館で行われた世界バンタム級タイトルマッチで、ファイティング・原
       田が、チャンピオンのエデル・ジョフレに判定勝ちして、日本人初の世界タイト
       ル2階級制覇を達成する。 6月 5日:フィリピンのケソンで行われた世界ジュニア・ライト級タイトルマッチで小坂照
       男は、チャンピオンのフラッシュ・エロルデに15RKOで敗れる。 6月17日:藤猛が1R45秒で笹崎那華雄をKOして日本ジュニア・ウエルター級チャンピ
       オンになる。この1R45秒というKOタイムは、現在でも日本タイトルマッチ
       史上最短のKOタイムとなっている。 7月 3日:本田明帝拳会長死去。 10月 7日:高山勝義が世界フライ級チャンピオン、サルバドーレ・ブルニにノンタイトル戦
       で判定勝ち。 11月 8日:川上林成が引退を発表 11月30日:ファイティング・原田がアラン・ラドキンを判定で下して、世界バンタム級タイ
       トル初防衛に成功する。 <昭和41年> 1月 3日:日本テレビのダイナミック・グローブが500回記念試合を放送。 3月 1日:高山勝義がオラシオ・アカバロに判定負け。空位のWBA世界フライ級タイトル
       獲得ならず。 3月10日:JBCは非行行為を重ねた権藤正雄を除名。 5月31日:ファイティング・原田はエデル・ジョフレに再度判定勝ちを収め、2度目の防衛
       に成功する。 7月 8日:関光徳が、敵地メキシコで世界フェザー級チャンピオン、ビセンテ・サルディバ
       ルに挑戦、ダウンを奪う健闘も判定負け。 7月15日:海老原博幸がブエノスアイレスでオラシオ・アカバロに挑戦したが判定負け。世
       界フライ級タイトル奪還ならず。 8月21日:パナマでのWBA総会で、WBCが袂を分かつ。以降、WBAとWBCが独自に
       チャンピオンを認定するようになる。 9月29日:藤猛が東洋ジュニア・ウエルター級チャンピオンになる。 <昭和42年> 1月 3日:ファイティング・原田がジョー・メデルを破って3度目のタイトル防衛に成功す
       る。 1月29日:関光徳がメキシコでビセンテ・サルディバルに再挑戦するも、今度は7RTKO
       負け。なお、フジテレビはこの試合を初めて宇宙中継で放送。 2月20日:田辺清がノンタイトル戦で、WBA世界フライ級チャンピオンのオラシオ・アカ
       バロに6RTKO勝ち。 3月19日:日本バンタム級タイトルマッチで、チャンピオンの斎藤勝男がウエイト・オーバ
       ーで失格。牛若丸・原田(ファイティング・原田の実弟)が試合に勝って新チャ
       ンピオンとなる。 4月30日:藤猛がサンドロ・ロポポロを2RKOで下し、世界ジュニア・ウエルター級チャ
       ンピオンになる。 5月10日:ムサシ・中野が12試合連続KO勝ちの日本記録(当時)を作る。 6月15日:沼田義明がフラッシュ・エロルデに判定勝ちを収め、世界ジュニア・ライト級チ
       ャンピオンになる。 6月20日:田辺清が網膜剥離のため引退を発表する。 7月 4日:ファイティング・原田がベルナルド・カラバロに判定勝ちを収め、タイトル4度
       目の防衛に成功する。 8月 8日:ムサシ・中野がアーニー・ロペス(後にWBC世界フェザー級チャンピオンとな
       るダニー・ロペスの実兄)に3RKO負けし、連続KO勝ちの記録がストップす
       る。 8月12日:海老原博幸が再びブエノスアイレスでWBA世界フライ級チャンピオンのオラシ
       オ・アカバロに挑戦したが、今度も判定負け。 10月11日:関光徳が保持していた東洋フェザー級タイトルの12度目の防衛成功し、タイト
       ル返上。 11月16日:藤猛がウィリー・クアルトーアを4RKOで下し、タイトル初防衛に成功。 12月14日:史上初の日本人同士の世界タイトルマッチが行われ、挑戦者の小林弘がチャンピ
       オンの沼田義明に12RKO勝ちして、世界ジュニア・ライト級新チャンピオン
       になる。 12月15日:前日激闘を戦ったばかりの小林、沼田の両選手が招かれていた「ガゼット座談会
       」に出席、健闘を称えあった。 <昭和43年> 1月12日:青木勝利が引退を発表。 1月23日:ロンドンで行われたWBC世界フェザー級王座決定戦に出場した関光徳は、関の
       出血をみたレフェリー不可解なストップで9RTKO負けとなる。 2月27日:ファイティング・原田が5度目の防衛戦を行ったが、ライオネル・ローズに判定
       負けしてタイトルを失う。 2月29日:極東プロモーションがJBCに対し、3月30日に行われる小林弘vsレネ・バ
       リエントス戦を認可しないように東京地裁に仮処分を申請。しかし、3月14日
       なって和解が成立した。 3月29日:関光徳が引退を発表。新和ジム会長に就任。 3月30日:小林弘がレネ・バリエントスと引き分けて初防衛に成功する。 6月 7日:当時無名の西城正三がロサンゼルスで、WBA世界フェザー級チャンピオン、ラ
       ウル・ロハスとのノンタイトル戦で判定勝ちを収め、シンデレラ・ボーイと騒が
       れる。 7月 2日:桜井孝雄が世界バンタム級チャンピオンライオネル・ローズに挑戦したが、判定
       負け。桜井は2Rにダウンを奪いながら、後半の消極戦法に終始して批判が集ま
       る。 8月 :世界ジュニア・ウエルター級チャンピオンの藤猛が、JBCに引退届を提出。表
       面上の理由は前年に遭った交通事故によるむち打ち症だったが、本当の理由はジ
       ムとの金銭上のトラブルだったようである。しかし、この引退届に不備があった
       ため差し戻しとなり、いつのまにかこの話は立ち消えとなった。 8月26日:WBA総会でモンタナOBF会長がWBA批判を行い、WBCが完全に独立。世
       界チャンピオン2人時代に突入。 9月27日:ロサンゼルスで行われたWBA世界フェザー級タイトルマッチで西城正三が、チ
       ャンピオンのラウル・ロハスに判定勝ちを収め、初めて海外で世界タイトル奪取
       の快挙を達成する。 10月 5日:小林弘がハイメ・バラダレスに判定勝ちを収め、2度目のタイトル防衛に成功す
       る。 11月18日:メキシコ五輪で銅メダルを獲得した森岡栄治がプロ入りを表明。 12月12日:藤猛はニコリノ・ローチェに10RKO負けして世界ジュニア・ウエルター級タ
       イトルを失う。 12月19日:世界ライト級チャンピオン、カルロス・テオ・クルスが来日して、辻本英守とノ
       ンタイトル戦を行い判定勝ちを収める。 <昭和44年> 1月19日:WBCが小林弘のタイトルを剥奪 2月 9日:西城正三がペドロ・ゴメスに判定勝ちを収め、タイトル初防衛に成功。 3月30日:海老原博幸がホセ・セベリノに判定勝ちを収め、空位のWBA世界フライ級チャ
       ンピオンに返り咲く。 4月 6日:小林弘がアントニオ・アマヤに判定勝ちを収め、3度目のタイトル防衛に成功す
       る。 4月28日:ムサシ・中野、高木永伍が引退 6月19日:当時日本フライ級チャンピオンの花形進がロサンゼルスで、WBC世界フライ級
       チャンピオン、アラクラン・トーレスに判定勝ち。 7月24日:前世界ジュニア・ウエルター級チャンピオンの藤猛が、再起戦を10RKOで飾
       る。 7月28日:シドニーでWBC世界フェザー級チャンピオン、ジョニー・ファメションに挑戦
       したファイティング・原田は、レフェリー、ウィリー・ペップの不可解な採点で
       判定負け。 9月 7日:西城正三がホセ・ルイス・ピメンテルに、2RKO勝ちしてタイトル2度目の防
       衛に成功する。 9月 9日:南久雄が、世界ジュニア・ミドル級チャンピオン、フレディ・リトルに挑戦した
       が、2RでKO負け。 10月 4日:沼田義明が世界ライト級チャンピオン、アーマンド・ラモスに挑戦したが、6R
       KO負けで2階級制覇ならず。 10月19日:海老原博幸がバーナベ・ビラカンポに敗れ、タイトル初防衛に失敗する。 11月 6日:この日に予定されていた東洋ジュニア・ミドル級の王座決定戦が、李アンサノの
       無断不出場で流れる。結局、1週間後に試合は行われ、金沢英雄が李を1RKO
       で下し新チャンピオンとなった。 11月 9日:小林弘がカルロス・カネテに判定勝ちを収め、タイトル4度目の防衛に成功。 11月28日:花形進がメキシコでWBC世界フライ級チャンピオン、アラクラン・トーレスに
       判定負けして、タイトル奪取ならず。 12月14日:大場政夫がノンタイトル戦で、WBA世界フライ級チャンピオン、バーナベ・ビ
       ラカンポに判定勝ち。大場はこれで現役の日本、東洋、世界のチャンピオンに、
       いずれもノンタイトル戦で勝つという珍記録を達成する。 <昭和45年> 1月 6日:WBC世界フェザー級チャンピオン、ジョニー・ファメションに再挑戦したファ
       イティング・原田は14RKOで敗れ3階級制覇ならず。なお、この試合は日本
       で行われた最初のWBC認定の世界タイトルマッチ。 1月25日:海老原博幸が引退を発表。 1月27日:海老原に続きファイティング・原田も現役引退を発表。 2月 5日:輪島公一がジョージ・カーターに敗れて、日本ジュニア・ミドル級タイトルを失
       う。カーターはアメリカ人最初の日本チャンピオン。 2月 8日:西城正三がゴドフリー・スチーブンスに判定勝ちを収め、3度目のタイトル防衛
       に成功する。 4月 5日:沼田義明がWBC世界ジュニア・ライト級チャンピオン、レネ・バリエントスに
       判定勝ちを収め、タイトル奪取。沼田は日本人初のWBC単独で認定された世界
       チャンピオン。 6月 6日:鈴木石松がパナマでWBA世界ライト級チャンピオン、イスマエル・ラグナに挑
       戦したが13RTKO負け。 6月28日:藤猛が宇都宮で予定されていたエディ・パーキンス戦を腰痛を理由に出場せず、
       JBCは藤に対し無期限試合出場停止処分。藤はこれで事実上の引退となりリン
       グを去った。 7月 5日:西城正三がフランキー・クロフォードに判定勝ちを収め、4度目のタイトル防衛
       に成功する。 8月23日:小林弘がアントニオ・アマヤに、再び判定勝ちを収め5度目のタイトル防衛に成
       功する。 9月27日:沼田義明がラウル・ロハスに、5RKO勝ちしてタイトル初防衛に成功する。 10月22日:大場政夫がWBA世界フライ級チャンピオン、ベルクレック・チャルバンチャイ
       を13RKOで破り、タイトル奪取。 12月 3日:日本人の世界チャンピオン同士のノンタイトル戦が実現する。試合はWBA世界
       ジュニア・ライト級チャンピオン小林弘が、WBA世界フェザー級チャンピオン
       西城正三に2−1の判定勝ち。 12月11日:柴田国明がメキシコで、WBC世界フェザー級チャンピオン、ビセンテ・サルデ
       ィバルに13RKO勝ちしてタイトル奪取。これで日本は同時に5人の世界チャ
       ンピオンを持つことに。 <昭和46年> 1月 3日:沼田義明がレネ・バリエントスに判定勝ちを収め、2度目にタイトル防衛に成功
       する。 1月24日:白井義男の育ての親アルビン・R・カーン博士が死去。 2月28日:西城正三がフランキー・クロフォードに、再び判定勝ちして5度目のタイトル防
       衛に成功する。 3月 4日:小林弘が、リカルド・アルレドンドに判定勝ちを収め、6度目のタイトル防衛に
       成功する。 4月 1日:大場政夫がベツリオ・ゴンサレスに判定勝ちを収めて、タイトル初防衛に成功す
       る。 4月30日:花形進がフィリピンのケソンでWBC世界フライ級チャンピオン、エルビト・サ
       ラバリアに挑戦したが、判定負け。 5月30日:沼田義明がライオネル・ローズに判定勝ちを収め、3度目のタイトル防衛に成功
       する。 6月 3日:柴田国明がラウル・クルスを1RKOで破り、タイトル初防衛に成功する。 6月 4日:桜井孝雄が引退を発表。 7月29日:小林弘はアルフレド・マルカノに10RKO負けして、タイトルを失う。 7月30日:ヨネクラジムはWBCに対して、柴田国明の次期挑戦者にサンチェスを選ぶとい
       う契約を、違約金10万ドル(当時のレートで3600万円)を支払うので、白
       紙にして欲しいと打電した。 9月 2日:西城正三がアントニオ・ゴメスに5RKOで敗れタイトルを失う。 9月18日:ファイティング・原田がトーア・ファイティングジムを開設。 10月10日:沼田義明はリカルド・アルレドンドに10RKO負けして、タイトルを失う。 10月22日:大場政夫がフェルナンド・カバネラに判定勝ちを収め、2度目のタイトル防衛に
       成功する。 10月25日:世界バンタム級チャンピオン、ルーベン・オリバレスに挑んだ金沢和良は、激闘
       を演じたが14RKO負け。 10月31日:輪島公一がカルメロ・ボッシに判定勝ちを収め、世界ジュニア・ミドル級タイト
       ルを奪取する。 11月 6日:岩田健二がWBA世界ジュニア・ライト級チャンピオン、アルフレド・マルカノ
       に挑戦したが、4RKO負け。 11月11日:柴田国明がエルネスト・マルセルと引き分けて辛くも2度目のタイトル防衛に成
       功。この試合を中継したフジテレビが、判定の出る前に「マルセル、タイトル奪
       取」のテロップを流したため騒動になる。 <昭和47年> 1月16日:鈴木石松が門田新一に勝って東洋ライト級チャンピオンになる。石松はこの試合
からトレード・マークとなった道中合羽に三度笠スタイルで登場。 1月21日:小林弘が引退を発表。 2月29日:金沢和良が引退を発表。 3月 1日:西城正三が引退を発表。キック・ボクサーへの転向を表明。 3月 2日:沼田義明が引退を発表。 3月 4日:2度目の日本人同士の世界タイトルマッチとなったWBA世界フライ級タイトル
マッチは、チャンピオンの大場政夫が判定で挑戦者の花形進を破り、3度目の防
衛に成功する。 3月22日:4月1日に日本で初の試合を予定していたモハメド・アリが、後楽園ホールで有
料(1000円)の公開スパーを行う。 4月 1日:モハメド・アリがマック・フォスターとノンタイトルの15回戦を行い、判定勝
ち。アリは入場する際、「5RでKOする」ということで、5Rのラウンド板を
掲げてリングに上がった。 4月10日:西城正三のキック転向を巡って、金平正紀・協栄ジム会長とボクシング協会が対
立。金平会長は協会副会長を辞任し、別の協会を作ることを決意。この対立は昭
和51年まで続く。 5月 7日:輪島功一が、ドメニコ・チベリアを1R1分49秒KOで下し、初防衛に成功す
       る。このKOタイムは、現在でも日本で行われた世界タイトルマッチでの最短K
       Oタイムとなっている。 5月19日:柴田国明は、クレメンテ・サンチェスの挑戦を受け、3RKO負けでタイトル失
       う。 6月20日:大場政夫がオーランド・アモレスを5RKOで下し、4度目のタイトル防衛に成
       功する。 9月15日:岡部進がWBC世界ジュニア・ライト級チャンピオン、リカルド・アルレドンド
       に挑戦したが、12RKO負け。 10月 3日:輪島功一がマット・ドノバンを3RKOで下し、2度目のタイトル防衛に成功す
       る。 12月20日:ミュンヘン五輪代表、小林和男(後のロイヤル・小林)がプロ転向を表明。 <昭和48年> 1月 2日:大場政夫がチャチャイ・チオノイに12RKO勝ちして、5度目のタイトル防衛
       に成功する。 1月 9日:輪島功一がミゲール・デ・オリベイラと引き分けて、3度目のタイトル防衛に成
       功する。 1月24日:グアム島に遠征していた親川昇選手がKO負け後死亡。日本の選手では、初の海
       外でのリング禍による死亡事故となる。 1月25日:23日前にWBA世界フライ級タイトルの防衛に成功したばかりの大場政夫選手
       が、首都高速で交通事故を起こし死亡。現役世界チャンピオンの死に衝撃が走っ
       た。 3月 6日:アポロ・嘉男がWBC世界ジュニア・ライト級チャンピオン、リカルド・アルレ
       ドンドに挑戦したが、判定負け。 3月12日:柴田国明がホノルルでWBA世界ジュニア・ライト級チャンピオン、ベン・ビラ
       フロアに挑戦し、判定勝ちを収め、海外で2階級奪取の快挙。 4月20日:3度目の日本人同士の世界タイトルマッチが大阪府立体育会館で行われ、輪島功
       一が龍反町を判定で下し、3度目のタイトル防衛に成功する。 6月19日:柴田国明がビクトール・エチェガライを判定で下し、タイトル初防衛に成功する。 8月14日:輪島功一がシルバノ・ベルチーニを12RKOで下し、4度目のタイトル防衛に
       成功する。 9月 1日:日本で初の世界ヘビー級タイトルマッチが行われ、チャンピオンのジョージ・フ
       ォアマンが、1R2分で挑戦者のジョー・キング・ローマンをKOする。また、
       日本で初のダブル・タイトルマッチとして行われたWBC世界ジュニア・ライト
       級タイトルマッチは、挑戦者の柏葉守人が、チャンピオンのリカルド・アルレド
       ンドに6RKO負け。 9月 8日:パナマで行われたダブル・タイトルマッチに出場した根本重光と鈴木石松は、根
       本が、WBA世界フェザー級チャンピオン、エルネスト・マルセルに9RKO負
       け。石松が、WBA世界ライト級チャンピオン、ロベルト・デュランに10RK
       Oで敗れる。 10月17日:柴田国明はホノルルで、ベン・ビラフロアに1RKOで敗れタイトルを失う。 10月27日:花形進はWBA世界フライ級チャンピオン、チャチャイ・チオノイに挑戦したが
       判定負け。この試合を東京12チャンネル(現テレビ東京)がバンコクから宇宙
       中継したが、ファンにケーブルを切断され、試合の前半が放送されないハプニン
       グが起こる。 12月 5日:ライオン・古山がWBA世界ジュニア・ウエルター級チャンピオン、アントニオ
       ・セルバンテスに挑戦したが、判定負け。 <昭和49年> 2月 5日:輪島功一がミゲール・デ・オリベイラに判定勝ちを収め、6度目の防衛に成功す
       る。 2月28日:柴田国明がリカルド・アルレドンドに判定勝ちして、WBC世界ジュニア・ライ
       ト級チャンピオンになる。 2月 :東京の青山にあったVANホールでVANカップ争奪戦が始まる。 3月14日:WBA世界ジュニア・ライト級チャンピオン、ベン・ビラフロアに挑戦したアポ
       ロ・嘉男は、引き分けでタイトル奪取ならず。しかし、この試合でのアポロの消
       極戦法に批判が集中した。 4月11日:交通ゼネストの真っ只中行われたWBC世界ライト級タイトルマッチで、挑戦者
       のガッツ・石松が、チャンピオンのロドルフォ・ゴンサレスを8RKOで下し、
       3度目の挑戦世界タイトル奪取。また、この試合で放った石松の右ストレートが
       「幻の右」といわれた。 6月 4日:輪島功一がオスカー・アルバラードに15RKO負け。タイトルを失う。 6月 9日:ジョー・メデルがロイヤル・小林にTKO負けして引退を発表。 6月27日:柴田国明がアントニオ・アマヤに判定勝ちを収め、タイトルの初防衛に成功する。 7月 9日:歌川善介がロサンゼルスで、WBA世界フェザー級王座決定戦に出場したが、ル
       ーベン・オリバレスに7RKO負け。 8月24日:上原康恒がホノルルで、WBA世界ジュニア・ライト級チャンピオン、ベン・ビ
       ラフロアに挑戦したが、2RKO負け。 9月12日:ガッツ・石松がチュリー・ピネダと引き分けで、タイトル初防衛に成功する。 9月22日:ローマで行われたWBC世界ジュニア・ウエルター級王座決定戦で、ライオン・
       古山が不可解な判定でペリコ・フェルナンデスに敗れる。 10月 1日:小熊正二がベツリオ・ゴンサレスに判定勝ちを収め、WBC世界フライ級チャン
       ピオンを奪取。 10月 3日:柴田国明はラミロ・ボラニョスに15RKO勝ちした、2度目のタイトル防衛に
       成功する。 10月 8日:龍反町がWBA世界ジュニア・ミドル級チャンピオン、オスカー・アルバラード
       に挑戦したが、7RKO負け。 10月18日:横浜で行われたWBA世界フライ級タイトルマッチは、チャンピオンのチャチャ
       イ・チオノイが、試合前の計量でウエイト・オーバーで失格、正規の体重でリン
       グに上がった花形進が、戦意のないチャチャイを一方的に打ちまくって、6RK
       O勝ち、5度目の挑戦で念願の世界チャンピオンになる。 10月26日:門田恭明がWAB世界ジュニア・ウエルター級チャンピオン、アントニオ・セル
       バンテスに挑戦したが、毎回ダウンを奪われ8RKO負け。この試合で、この月
       日本で5試合もの世界タイトルマッチが行われたことになり、月間では最多の開
       催日数となっている。 11月 :WBCがジュニア・フライ級の新設を決定する。 11月28日:ガッツ・石松が前チャンピオンのロドルフォ・ゴンサレスを12RKOで下し、
       2度目のタイトル防衛に成功する。 12月21日:高山将孝がWBA世界ライト級チャンピオン、ロベルト・デュランに挑戦したが
       わずか100秒でKO負け。